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京都地方裁判所 昭和59年(ワ)1710号 判決 1985年7月10日

原告

實川征雄

被告

神足農業協同組合

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告は原告に対し、金一一四万七一一九円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時

昭和五四年二月一七日午後一時三〇分頃

(二) 場所

京都市南区唐橋堂ノ前町一五ノ五 高木小児科医院前路上

(三) 態様

橋本恭子(以下「橋本」という。)が普通自動車(京五六―せ―五七四五、以下「橋本車」という。)を運転して後退するに際し、後方の確認義務を怠り、後方に停車中の原告の自動車(以下「原告車」という。)に衝突させた。

2  責任

橋本は、民法七〇九条の規定に基づき、原告が本件事故により被つた損害を賠償する責任がある。

3  損害

(一) 原告の受傷と原告車の破損

原告は、本件事故の衝撃により腰部捻挫の傷害を受け、且つ、原告車も破損された。

(二) 損害額

(1) 治療費 二四万一七八〇円

原告は、昭和五四年二月一九日から同年五月三〇日までの間に四七日京都市下京区内の京都四条大宮病院へ通院して治療を受けた。その治療費の合計額が二四万一七八〇円である。

(2) 休業損害及び逸失利益 一二四万八五二二円

原告は、鉄工業を営んでいたところ、右治療期間中休業を余儀なくされ、長期に亘り得意先よりの発注が減少した。それに、原告は、右治療期間経過後、後遺症というほどではないが、腰痛が残存し、従来通りの厳しい業務に多少の支障が生じて、得べかりし利益を失つている。これらの観点からする原告の損害は一二四万八五二二円である。

(3) 慰藉料 三八万二〇三一円

(4) 通院交通費 一万二〇二〇円

(5) 文書代、その他雑費 一万〇二五〇円

(6) 自動車修理費 一万一五〇〇円

(三) 損害填補

右(1)ないし(5)の関係で自賠責保険給付として七四万七四八四円、また、右(6)につき橋本より一万一五〇〇円を受領した。

4  被告関係

橋本は、被告との間に橋本車につき自動車共済契約を締結しており、本件事故はその共済期間内に発生したのであるから、被告は自動車共済約款一六条の規定に基づき、本件事故の被害者である原告に対し、原告が被つた損害を直接に賠償する責任がある。

5  結論

よつて、原告は被告に対し、損害残額一一四万七一一九円及び同金員につき本件訴状送達の日の翌日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  答弁

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の主張は認める。

3  同3の(一)のうち、原告車の破損の点は認めるが、受傷の点は否認する。

当時、橋本車の後方約二メートルの位置に原告車が駐車していた。橋本車は一旦停止した後、少し後方に移動するためゆつくり後退し、停止寸前にその後部バンパーが原告車の前部バンパーに軽く接触して停止したのであり、原告車の修理費からみても、原告が腰部捻挫の傷害を受けたとは考え難い。

同3の(二)の損害額のうち、原告車の修理費は認めるが、その余の事実は否認し、主張を争う。

同3の(三)の損害填補の事実は認める。

4  同4の契約締結の事実、本件事故がその共済期間内に発生したものであることは認めるが、原告には、本件事故による損害につき、原告主張の約款の要件である損害賠償額が確定されていないから、被告に対する直接の請求権はない。

仮に、原告の直接請求の主張を橋本の被告に対する共済金請求権の代位行使と善解するにしても、橋本の被告に対する共済金請求権は、事故の発生と同時に、橋本と原告との間の損害賠償額の確定を停止条件として発生するものと解されるところ、橋本と原告との間の損害賠償額が確定していないのであるから、橋本の被告に対する共済金請求権の代位行使はなし得ない理である。

三  抗弁

1  共済金債務消滅

(一) 原告と橋本との間に昭和五四年四月一五日、本件事故につき次のとおり示談が成立した。

(1) 橋本は、原告に対し、原告の自動車修理代として金一万一五〇〇円を支払つた。

(2) 橋本は原告に対し、示談金五万円を支払つた。

(3) その他の原告の損害一切については、原告が自動車保険金を請求して補償に当てる。

(4) 今後本件に関しては、双方共裁判上・裁判外において一切異議請求の申立をしない。

そして、原告は、昭和五四年九月頃被告に対し、任意共済金の請求をし、同月二九日頃再保険者である京都府共済連を通じて被告から原告に支払う任意共済金が二四万三七七八円である旨の査定通知を受けた。

(二) 右の事実関係に基づき示談条項(4)を、橋本が損害額の確定を保険者である被告に委ねる趣旨と解するなら、右の査定通知により原告が直接請求権を取得するための要件である損害賠償額の確定を観念することが可能である。

(三) 従つて、この観点から原告の被告に対する任意共済金の直接請求権を肯定とするとしても、次の事由により被告は原告に損害賠償額を支払う義務を免れた。

(1) 橋本と被告との契約関係を規律する自動車共済約款一八条によると、原告が損害賠償額の確定を知つた時から二年間、被告に対し所定の方法による支払請求の手続を怠つた場合、原告の橋本に対する損害賠償請求権が時効によつて消滅した場合などには、被告は損害賠償額を支払う義務を免れる旨の定めがある。

(2) ところが、原告の橋本に対する損害賠償請求権は、遅くとも前記示談成立の日である昭和五四年四月一五日から三年を経過した同五七年四月一六日に時効消滅した。

(3) また、原告は前記のとおり被告から昭和五四年九月二九日頃任意共済金の査定通知を受けて損害賠償額の確定を知つたのに、その時から二年間被告に対し所定の方法による支払請求の手続を怠つた。

(4) 従つて、被告は、いずれにしても原告に対する損害賠償義務を免れた。

2  弁済

仮に、被告に原告に対する損害賠償義務があるとしても、橋本は昭和五四年四月一五日、原告に対し示談金五万円を弁済した。

四  抗弁に対する答弁

1  抗弁1のうち、原告と橋本との間に五万円の性質を除き主張のとおり示談が成立したこと、原告が被告に対し主張のとおり任意共済金の請求をして査定通知を受けたこと、原告が被告に対し支払請求の手続をしていないことは認めるが、原告の請求権消滅の主張は争う。

右示談は、当時原告がなお治療中で損害額が未確定であつたこと、橋本において多額の賠償金を一度に支払えないから、完治後に原告が被告に対し共済金を直接請求して欲しいと要望したことにより成立したものである。

そして、被告主張の査定通知は、飽くまでも額の査定であつて、確定の機能をもつものではない。原告としては査定の条項に疑義があつたため異議を申立てた。従つて、原告が支払請求の手続をしていないのは当然で、怠つていたのではない。

2  抗弁2のうち、原告が橋本より五万円を受領したことは認めるが、同金員は見舞金であつた。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録のとおりであるから、それを引用する。

理由

一  請求原因1の事故発生の事実は当事者間に争がなく、同事実によれば、橋本に後方の確認義務の懈怠があつたことは明らかというべきであるから、橋本が民法七〇九条の規定に基づき、原告が本件事故により被つた損害を賠償する責任を負うべきことは明らかというべきである。

二  そして、本件事故により原告車が破損し、その修理費として一万一五〇〇円を要したことは当事者間に争がないものの、原告が腰部捻挫の傷害を受けたとの点については争が存するから検討する。

1  成立に争のない甲第一五号証、同第二六号証(原本の存在も争がない)、同第二九号証に、原告本人尋問の結果(但し、後記措信しない部分を除く)を総合すると、原告は本件事故当時、原告車の前部を西方に向け、該道路南側にある高木小児科医院のやや東側で且つ同道路南側端に近い場所に停止し、運転席に座つていたこと、橋本は、原告車の前方約一ないし二メートルの地点に前部を西方に向けて橋本車を一旦停止したが、右医院の玄関口に近い場所へ移動するため同車を後退させたところ、その後部バンパーが原告車の前部バンパーに衝突したこと、この衝突により原告車の前部バンパーの衝突部位が若干凹損したが、橋本車には殆ど損傷が生じなかつたこと、以上の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

右認定事実によると、橋本はもともと短い距離の後退を考えていたのであるし、後退距離からしても橋本車が衝突時にそれほど加速されるとは解し難いこと、これに符合するように原告車の損傷もさほどではないことに加えて、前掲甲第二六号証を総合すると、右衝突により原告車が受けた衝撃は、それほど強いものでなかつたと推認するのが相当であり、これに反する甲第二九号証の記載部分及び原告本人の供述部分は措信するに足らず、他に右推認を妨げるに足る証拠はない。

2  ところで、原告は本件事故により腰部捻挫の傷害を受けたというのであり、これに副う証拠として前掲甲第一五号証、成立に争のない甲第五号証、同第一六号証、同第一九号証、同第二二号証、同第二九号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認める甲第二七号証に、原告本人尋問の結果がある。そのうち甲第五号証、同第一六号証、同第二二号証、同第二七号証によると、原告が本件事故の翌々一九日に診察を受けた京都四条大宮病院の医師は、原告が腰椎捻挫の傷害を負つている旨の診断をし、原告は同年五月三〇日までの間に四七日通院治療を受けて治癒したものとされていることが認められるのであるが、右診断の拠となる他覚的所見を窺うに足る資料はない。従つて、同診断は原告の愁訴に依拠したものと解するほかない。もとより他覚的所見が窺えないことだけを論拠に原告の受傷を否定し去ることは相当でないが、さきに認定した本件事故の状況に鑑みると、医師の診断を含めて原告の主張に副う前記各証拠だけでは、原告が本件事故により腰椎捻挫の傷害を負つた事実を認めるに足らないというべきである。

すると、原告には原告車の破損による一万一五〇〇円の修理費を除き、未だ損害発生の事実を認め難い。そして、右修理費一万一五〇〇円については、橋本から弁済があつたことは当事者間に争がない。

三  以上の次第であるから、原告の本訴請求はその余の点について検討するまでもなく理由がないことに帰する。

よつて、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判官 石田眞)

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